成城No.1子育て学院学院長 戦略的子育てプロデューサー 大野 智恵子

大阪の比較的裕福な24時間営業の食堂チェーンの一人娘として生まれる。

生家は当時珍しい3階建てで、多くの従業員が住み込み、
子守の姉やおばあさんが世話をして育てられた。

しかし、6才の小学校入学前に家が倒産し、借金取りから逃がれる為、幼稚園では母の旧姓、
小学校では父の養子先の姓、そして中学で漸く父の実家の姓と中学迄に3回も名字が変わるという経験をした。

実は子どもが大の苦手だった。

子どもは、「うるさい」、「汚い」、「めんどくさい」と思っていた。

母親の過干渉がひどく、「早く寝なさい」「勉強しなさい」「さっさと食べなさい」・・、
口うるさい母から逃れるため、就職は東京と決めて上京した。

某テレビ局に就職し、出産を機に家庭に入った。
初めての子どもを30歳で出産し、当時としては遅い方だったので、続けて2人目を出産した。
自分の子どもは、毎日見ていても飽きない。

こんな可愛い大切な宝物を人に任せて育ててもらうことは考えられなかった。
自分でしっかり育てよう!

そう決めて子育て本を購入すると「子どもは比べてはいけません」「褒めて育てましょう」と書かれてあった。

疑問を覚え、3人の息子を徹底的に比較し、それぞれの得意なこと、好きなことを見つけて、トップを目指して育てた。

また、「鉄は赤いうちに打て!」と幼児教育の大切さを直感し、
「怒る」、「叱る」、「褒める」を駆使して、目標から逆算してつぶやきながら育てた。
勉強のできる長男は勉強でトップを目指し、京大から東大大学院へ進学、卒業した。

感性の豊かな次男は芸術で育て、最大手広告代理店に就職した。

体格の良い三男はテニスでトップを目指し、松岡修造氏の「修造チャレンジ」に6回選ばれて、2度の日本代表になった。

(テニスのプロにはならず大学に進学し、本人の希望通り、在京テレビ局に就職した。)

3人の子どもの夢を実現した子育てのコツと経験を活かした「戦略的子育て」で日本の子育てを応援し、子育てをプロデュースしている。

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